熱い。
熱くて、苦しくて。
どこからどこまでが自分の躰なのか。
…………ねぇ、
貴方は、平気ですか?




こんな汚れた身でも、愛してくれますか?













【終わらぬ悪夢に染まる瞳】













しくじった。

己の肌を這う異物感。
元閥は眉根を顰め、唇を力一杯噛み締めた。
歯で切れた唇の端からは鮮血が伝い、地面へと吸い込まれて行く。
紅潮する頬を、粘度の高い液体が伝った。



「っ…、ぅ――…っ!」



元閥は震える四肢を何とか動かそうと力を込めたが、ビクともしないことに何度 目かの舌打ちを胸中で吐いた。
ジュル、という粘ついた水音を立て、鈴口を細い触手が食らいついているではな いか。
背を弓なりに反らせ、元閥は何とか逃れようと身を捩った。



「アッ!―――ングっ!?」



堪え切れず嬌声を迸らせた時点で、元閥は負けた。
しめたとばかりに口腔に飛び込んで来た触手が喉奥まで突き刺さる。その異様な 感覚と、喉を圧迫されることにより、思わず吐きそうになった。
そのせいか目尻には生理的な涙が浮かび、触手を咥えたまま咳込んだ。
鈴口から挿入り込んで来た細長いそれは、内壁から執拗なまでに責め立て、否応 なしに元閥を高みへと昇らせる。



(何故っ…こんなヤツに――!!)



悔やんだ所でもう遅いのは分かっている。元を正せば己の失態なのだ。
最近巷を賑わせている妖夷。
そいつはうら若き乙女を拐らい、その身に己を宿らせる。
――簡単に言ってしまえば、犯す。
だから囮を使うにしろ宰蔵にやらせるわけにはいかない。ならばと名乗り出たの が、元閥だった。
本来ならば誰かと共に来るのだが、それでは警戒されると自ら断った。
まさかそれがこんな事態を招くとは。



己は女ではない。それが、一番の失態だった。



「グッ…ん――ッ!!」



暫く口内を掻き乱していたかと思えば、じわじわと甘いような、苦いような、そ んな味が広がる。
元閥は嫌悪に眉を顰め、嫌々をするように首を横に振った。
それでも容赦がないのは、元閥を上物と捉えたからなのか、否か。だが正直躰は 限界だった。
鈴口を擦り上げられ、明らかに快楽を引き出す動きで肌を這われ。
それでも達せられないのは、己の意思よりも鈴口を塞がれていると言った状況が 影響しているからかもしれない。



「ングッ…ん、んっ!」



気持ち悪い。
口内に遠慮なしに吐き出された妖夷の精液(違うかもしれないが今はこうしてお く)が喉に絡み付き、息が出来ない。



「――ッ、ガハッ、ガハッ!!」



触手が口腔から退いた途端、元閥は咳込む。
地上に赤褐色の粘液が滴り落ちたのに、彼の背に鳥肌が立つ。
元閥は口腔に吐き出された物全て、一片も残さないため、何度も何度も咳込んだ 。



「ヒッ――…!?」



すると鈴口を嬲っていた触手が、大きく出し入れを始めたではないか。
まるで尿道を女の胎内、触手を男根に見立てたかのように。
今まで経験したことのない、灼けるような痛みと、脳内に直接麻薬を打たれたか のように狂おしい快楽。
その両方に犯され、意識が飛びそうになる。



「ゃっ、ァ!ア、ア――…!!」



見計らったかのように、触手が尿道から一気に引き抜かれた。
――厄介な置き土産を残して、だが。
今まで塞き止められていた反動も助け、元閥は触手が抜かれたと同時に達した。
詰めていた息を吐き出し、触手の赤黒い表皮に己の精液がかかったのを、ぼんや りとした頭で見て――叫んだ。



「ぃ゛っ…あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ああっ!?」



灼ける。灼け死んでしまう。
元閥は腹の底から叫び、いきなり襲って来た熱に身を捩った。
涙と汗と唾液で濡れた顔を己の男根へ向け、紫苑を見開く。
先程達したばかりだというのに、それは芯を持ち天を仰いでいるではないか。先走りが滴る様に、元閥は目を背けた。
それでも絶え間なく襲ってくる快楽の波に、流されまいと硬く目を閉じる。
理由を探し――見つけた。
先程尿道から触手が抜け出る時に残した、厄介な置き土産。それが、これだったのか。



(――っ、催淫効果…!!)



ピンと四肢の膚が張り、千切れそうになった。声を出さぬように唇を噛み締めれば、切れる。
身の内から溢れ出てくる快楽に、壊れそうになった。
ジクジクと膿むような熱に、涙を流す。
すると元閥の内腿を撫でていた一本の触手が、菊座のひだをゆるゆると撫ぜ始めたではないか。
元閥は飛びそうになる意識を必死で引き戻し、短く息を吐いた。
キュッと力を込め、触手の進入を防ごうとするが、その都度身体の中を炎を蠢き、甘い声を上げる。
息を止める勢いで唇を噛むが―――同時に緩んだ菊座に、躊躇いなしで触手が挿入り始めたではないか。
先程尿道を弄んでいたものと同じほどの大きさのそれに痛みは感じないが、やけに奥まで挿入り込んでくる。
狭い内壁を押し広げるように、うねるそれに、嫌悪を感じて。



「ぅっ…ア゛ァ…!!」



助けて。
叫べたら、どれだけ楽だったか。
殺せと。
怒鳴れたら、どれだけ楽だったか。
己の中に唯一残った自制心が、それを阻止する。
殺されるなら、成す術ないのなら―――。
いっそ――――……。



「ダァァアアアアアッ!!!!」



一閃。
黄金の光が煌めいたかと思えば、一瞬遅れて飛び散った赤褐色。
ズルリと嫌な音を立てて抜け出た触手は、元閥を拘束する力を緩めた。
弛緩した身体はそのまま地に落ち、惨めにも地に這い蹲る。
肩と肘で顔を上げ、元閥は己の上にふわりと掛かった愛用の羽織に、ただ目を丸くした。
己を庇うように立つ深緑の着流しは、影を作っていた。



「―――――随分と、いい格好じゃねぇか」



具現化した往の鉞を見せ付けるように構えた男――往壓は、口角を上げる。
元閥は浅い呼吸を繰り返しながら、往壓を見上げた。
まるで雨嵐のように降り注ぐ、細切れになった触手。
それらはボトボトと重い音を立て、地に叩きつけられた。すぐさま肉塊となる、触手。
往壓は鉞を一振りし、刃にこびり付いた粘液を振り払った。途端霧となり消えた鉞を尻目に、元閥に歩み寄った。
目の前で膝を曲げ、往壓は真っ赤になった頬に、そっと指を伸ばした。



「大丈夫か?」
「え、えぇ…んっ」



ひんやりと冷たい手が、熱くなった頬を冷やす。
頭が冷静になってきたことでまざまざと思い出された、感触。
ズキンと体中に広がる、辛いほど甘い感覚に、元閥は身を震わせた。
霞む視界に、感覚が鋭くなる体。
体中が、快楽を欲していて―――。



「―――竜導殿…」
「なん…」



頬に触れていた指を握り、口に含む。
往壓は、己を見上げてきた元閥の瞳に―――甘美を覚えた。
瞳はただ、快楽を映していた。



「助けて―――」















【終】