自業自得な亭主関白










「アビ、茶」



アビはこちらに視線一つ寄越さない主に、眉を顰めた。










【自業自得な亭主関白】













見れば、机の上に元閥愛用の湯飲みが持ち主同様に、なんとも堂々と踏反り返っ ているではないか。
元閥は放三郎の所から失敬してきたのであろう書物に細々と書かれている文字を 目線だけで追い、頬杖を付いて黙々と貢を捲っている。
途中頷いたり、感嘆の声を上げたり。
きっとその本に興味をそそられるものが多々書いてあるのだろうが――。



「茶ぐらい自分で淹れろ」



ピシャリと言い放ち、アビは手を止めていた槍の手入れを再開した。
元閥は一瞬遅れながらもアビの方を見つめ、信じられないと言うかのように目を 瞬かせる。
アビと湯飲みを交互に視線を移し、嫌悪感を無理に隠すかのような表情を浮かべ た。



「ア」
「自分で淹れろ」
「……ア〜ビ」
「自分で淹れろ」



単語一つ一つを区切るように言い、今度はアビがこちらに視線を寄越さなくなっ た。
何か言おうとする度に「自分で淹れろ」と返す。しばらく呆然とアビが手入れを する様を見ていた。
きっと今は忙しいのだと。
きっと終われば淹れてくれると。





別に我が儘で言っているわけではない。
―――いや、十分我が儘だが。
好きなのだ、アビの淹れた茶が。
程よい渋味と甘み。元閥の好みを熟知した味が。
だから待った。
手入れが終わるまで。



「―――…ふぅ」



ゴトリと重たい音を立て、丁寧に布で包まれた槍が壁に立て掛けられた。
ぼんやりと寝ぼけ眼でその音を耳にした元閥は、ぱぁと顔を明るくしてアビを見 つめる。
そして、口を開いた。



「アビっ、お」
「淹れてくれるのか?すまないな」



と、満面の笑みを浮かべたアビに――頭の中で細い糸が切れる音を、聞いた気が する。
ふつふつと煮えたぎる脳髄がとうとう堪え切れなくなったのか否か――分からな いが。
元閥は引きつる頬を歪めながら口角を上げ、音も立てずに部屋を出た。
しばらくして再び足音が戻って来たかと思えば、その手にある盆は二つ、湯飲み が乗せられているではないか。



「―――アビ、茶だ」
「あぁ、すまない。…元閥の淹れてくれた茶を飲める日が来」
「くくくっ…あぁそうだ儂の淹れた茶だ。――思う存分味わいやがれ!!」



紫苑の瞳に躊躇いはなし。
あるのは怒りの炎のみ。
元閥は片方の湯飲みを力一杯、怒りを込めて、アビに投げ付けた。
中には熱い熱い茶が入っているのだから――当然、どうなるか分からぬわけでは ない。



「っ―――あっ、ちぃいいいいっ!!!」



盛大に頭から茶を被ったアビは、水滴を振り払うかのように体躯を震わせる。所 々真っ赤になっている肌に「少しやりすぎたか」と思うが、それも一瞬。



「亭主関白なんぞ気取ろうとするからそうなるんだ。ふん」



鼻を鳴らし、茶を一口啜ると、眉を顰めた。
そして熱さで身を丸めているアビに視線を移し、言う。



「――アビ、茶を淹れろ」










【終】