どうか、その苦しみを。
どうか、一人で苦しまないで。






【独占欲】





白い腕に痛々しいほどまでに残っている傷を、アビは嫌そうな目で見た。多少の擦り傷と言えど油断していると化膿することだってある。
消毒をし、キツくない程度に包帯を巻き付けているとふいに元閥が口を開いた。

「…アビ、怒っているのか?」

ピクンとアビの手が止まる。だが直ぐに治療を再開し、また静寂が降り注いだ。
そんなアビを怪訝そうな表情でじっと見ていた元閥だったが、ふぅとなんとも艶やかな溜息を一つ吐きすりとアビに近寄った。

「…怒っているだろ」
「…怒ってなどない」
「嘘」
「嘘じゃない」

これでは応か否かのつまらぬ単純な押し問答。
埒が明かぬと判断したのか、元閥は先程からアビの褐色の腕に掴まれ治療されていた腕を力一杯引き抜いた。
アビが何か慌てているような声を発したがそんなもの全て無視。傷の痛みなどどうでも良いのだから。

「何故怒っているアビ。わしが怪我をしたからか?それとも、こんなわしの治療をするのが嫌だからか?」
「そういうわけでは…」
「答えろ、アビ」

ギリと、唇を噛んだ音が聞こえたような気がした。
普段からの余裕はそこからは全くと言って良いほど感じられず、眉を吊り上げた表情はなんとも扇情的なものか。



不謹慎かもしれぬが―――正直魅とれた。



だが、どうせ浅ましき欲望。
この醜い想いで、この人を汚してはならないと。

――脳内が警鐘を鳴らしているはずなのに。


まるでそれは甘い蜜に引き寄せられる虫のように。
まるでそれは月を捕らえようとする愚かな行為。


――愚かでも構わないと。



「…ただの嫉妬だ」
「何?」

吊り上がっていた眉が寄せられ、明らかに『理解不能』という表情が作られる。
アビは優しく元閥の腕を取ると、真っ白な包帯が巻かれている箇所に唇を落とした。

「アビ」
「貴方に傷が残るのが許せない。貴方に」



その真摯な瞳が。



「貴方に痕を残していいのは、俺だけだ」



まるで獲物を狙う獣のように。






…捕らえて、離さぬとは。







「クッ…ククククク…ハハハハハハハッ!!!」

急に狂ったような笑い声が場を占め、アビは双眸を見開いた。
目の前で止まらぬ笑い声を上げている元閥は、肩を、その体全体を震わせる。
戸惑ったようにその肩に触れると、元閥は今にも泣きそうな瞳でアビを見つめた。
ギクと背に支え棒が入ったように身を硬直させ、アビはゆっくりその頭を抱き寄せる。

「ハハハッ…ハ、……っ」
「元さん」
「…お前にも、欲があったのだな…わしを、想っていてくれるのか…?」

返答の代わりに、身を強く抱きしめられる。

「欲があったのは、わしだけではないのか?お前も…わしを…」

水を含んだ声が、ふいに途切れる。
身を埋められ、アビは髪を、肩を、背を撫で。

「わしを、想っていてくれるのか?」




嗚呼、囚われているのは。