月下の咎人









儂の下で乱れる女を見るだけで。
「儂は男だ」と。
そう再確認出来るから。
女は好きだ。
儂が男になれるのだから。










【月下の咎人】









「…元閥様」

猫撫で声で擦り寄って来た女の顎に手を掛け、元閥は優しく唇を落としてやった 。
恍惚の表情を浮かべている女を薄目で見やり、接吻けを激しくしてやると薄く、 紅く彩られた唇から濡れた声が零れる。








―――嗚呼、儂は男だ。








* * *









「はぁ?『儂は女か』だと?」
「あぁ」

ゴロリと床に横になっていた往壓に、元閥はそう問い掛けた。


『まぁ、その格好ならな』
『男に見られたいのならばそう言った格好をしればよいだろうが』


宰蔵も放三郎もそんな反応だった。
女装をしている限り、女にしか見えない。それは元閥のある意味の宿命であり、 運命であり。
だが、嫌だった。
儂は。
儂は、男だ。

「…そりゃあ男か女かと問われたら、男だろうが。胸はねぇが下は生えてる」
「下品なこと言うんじゃないよ。全く、これだから年寄りは」
「お前の十年後の姿だ。よっく拝んどけ」
「死んでも願い下げだっ」

きぃっと癇癪を起こしたかのような声を上げ――元閥は一つ、本当に小さな溜息 を吐いた。
それは目の前にいる往壓にさえ届くことはなく、本当に少しだけ空気を震わせ、 溶け消えた。








――嗚呼、儂は。









儂は、男なのか――…?









* * *









「…元閥」
「おや、なんだいアビ。こんな夜更けに……あぁ、夜這いか?」
「阿呆言え。…元閥、お前何を悩んでいる?」

はらりと、耳に掛けていた髪が一束落ちた。
後ろ手で戸を閉めているアビに目を向け、ゆっくりと近付いて来るのをぼんやり とした心持ちで待っていた。
アビは音もなく元閥の横に腰を下ろし、ただ何をするでもなくじっとしている。

「儂に悩み?そんなものあるはずないだろう?まったく、早とちりにも程がある よ、アビ」
「吉原に行ったんだろ、昨晩」
「それで?」
「その前はわざわざ旅籠(はたご)に泊まってまで飯盛女を抱いた」
「それで?」

会話が途切れる。
一呼吸置いて、アビの瞳が元閥を捕らえた。
その漆黒の瞳に引き摺り込まれそうになり、元閥は思わず視線をついと横へ動か した。






儂は。
儂は儂は儂は儂は。






「儂がお前以外と肌を重ねてるのがそんなに不満か?儂は、」






熱い。
外は雨が降っていて。
雨が熱気を奪っているはずなのに。
喉が渇く。
熱い、熱いよ。






「儂は、男だ」









「―――…悩んでいたのは、それか」

まるで呆れたような溜息を吐き、アビはペチンと軽く元閥の頭をはたいた。
痛みよりも驚愕が先走り、元閥ははたかれた箇所に触れ、アビを見上げる。
穏やかな笑みを浮かべている男に、息を飲んだ。
そのまま肩を抱かれ、呼吸が止まりそうになる。
まさか自分に、こんな生娘のような感情が残っていただなんて。


「…女じゃ、ない」
「あぁ。貴方は男だ」
「だが!」
「俺は、貴方が男でも女でも構わない」


吸い込まれる。
漆黒の瞳に。
抗えない。


「ァ…」
「江戸元閥だから」

貴方だからと続けられ、抱き締められる。
優しさに包まれている感覚。
苦しくなるほどに優しい男は、普段仲間の前では見せぬような穏やかな笑みを捧 げてくれるから。



「貴方だから、俺は貴方が好きだ」



よくもそんな歯が浮くような科白をと、憎まれ口を叩いてやって。
しばらくは女遊びを止めてやろうかと、元閥は逞しい腕にそっと唇を落とした。









【終】