結ってある髪の間から見える項とか。
袷から覗く白い鎖骨とか。

…貴方を守るのにどれだけ苦労してるのか、知らないんだろうな。





【知らぬは...】





「いいのかい?…わしは男だぜ?」

何度目か分からないやり取りに、アビはこれまた何度目か分からぬ溜息を胸中で吐いた。
何度「その格好を辞めろ」と言った所で馬耳東風、まったく辞めることをしなかった。ただ笑って誤魔化すだけで。

普段の神主の格好ならば髪も下ろしてるし、何やら色々と着込んでいるから鎖骨も項も気にならないが――。

(…これは、さすがになぁ…)

女の格好をしていると、この湯屋の親父のように言い寄って来る輩がごまんといる。そのおかげで手ごめにされかけたこともある。

それでも、辞めようとはしなかった。







* * *







「……元さん」
「なんだい?」

アビの腕の中で煙管を咥えていた元閥は、怪訝そうな顔をしてアビを見上げた。
女の格好のままだから一見するとただの女を抱き締めているように見えるが、元閥は男。か細い腕や足にうっすらと付いた筋肉、薄い胸板がそれを物語っていた。

「その格好辞める気はないのか?」
「またそれかい?」
「俺は真剣だ」
「…アビ。わしがこの格好をして、何か問題でもあるか?むしろ情報収集にはかなり重宝してるだろう?」
「それはそうだが…」


問題はある。


「…アビ?」

押し黙ったアビを不思議に思ったのか、元閥は手にしていた煙管を置くと、アビの顔を覗き込んだ。

「アビ?」
「…問題は、ある」

ぼそりと呟いて、アビは元閥の手を掴んだ。一瞬驚いたような顔をした元閥だったが、すぐにいつものような余裕の笑みを浮かべてアビを見据える。

「…アビ、ちょっとばかり、手が痛いんだけどね。………アビっ!?」

表情が一転した。余裕のあった笑みは影を潜め、今はただただ驚愕が浮かんでいた。
掴んでいた手を力一杯引き、元閥を床に倒したアビはのし掛かり、身動きが取れないように足と手を押さえた。
普段から体術で闘っているアビと、火器で闘っている元閥との体力の差は歴然。どれだけ抵抗しても元閥にアビの腕を振りほどくだけの力はなかった。

「ちょ、アビ!」
「俺がどれだけ…」
「アビっ…ぁっ!」

首筋を吸われ、元閥はビクリと身を震わせた。徐々に抜けて行く力に比例して、抱き締める力が強くなる。

「アビっ…ど、してだ…」
「…無防備すぎるんだ、貴方は」

耳元で囁くように呟き、アビはゆっくりと元閥から身を離した。瞬間身を上げた元閥はどこか困ったような瞳でアビを見つめた。

「アビ…?」
「っ…だから…無防備なんだ貴方は!見た目女性にしか見えないんだから少しは気を使ってくれ!」

吐き捨てるように言い、アビは背を向けた。少し乱暴に戸を閉め、これまた少し乱暴な足音が遠ざかるまで、元閥は見えない背中を見つめていた。







「…知ってるさ、そのくらい」

古来からのしきたりとしての格好、情報収集のための格好。
そのせいで何度も手ごめにされかけた。

「アンタがわしを守ってるのも」

知っていたけど。
もう少しだけ守られてみたいから。

「……アンタになら、抱かれてもいいって思ってるんだぞ?」






どうせ欲情なんてしないだろうけど。