the fourth story















俺は、牧師に恋をしていた。
だけどそれは赦されるものでもなく。
別に抱きたい、とか、そう言ったことではないと思う。
ただ傍にいられればいい。
たとえ背信者と呼ばれようが、構わない。
相手が男だと知っていても――…



…――俺は、貴方を大切にしたかった。




したかった、はずだった。












the fourth story...













冒頭に記した通り、アビはあの牧師に恋をしていた。
神々しく、儚く、美しい、あの牧師に。
アビは全てを振りきるかのように、バイクのエンジンを力一杯踏み込んだ。
音を立て風を切るバイクの動きには、どこか迷いがあった。
先日久々に来店した少女の言葉が、今も無意識のどこかにこびりついている。
優しい牧師の姿しか知らないアビにとって、その言葉は到底信じられるものでも なかった。
あの牧師が―――氷だなんて。
アビは振りきれない思いを振りきりながら、教会へと急いだ。




…そう言えば、あの少女は何と言っていた?
思い出せないわだかまりに、アビはヘルメットに覆われた頭を振った。
ギッ、とタイヤは地を咬みながら右に曲がる。当然振られる上半身を固定し、ア ビは排気ガスだらけの空気を吸い、噎せた。
途端一瞬にして頭から消え去った宰蔵の言葉は、しばらく効力を失うこととなる 。
アビはようやく見えてきた教会に、そっと目元を綻ばせた。













「アビさん」



珍しい、それが最初の感想だった。
普段礼拝が終わっても、話しかけるのはアビの方で、彼から話しかけてくるのは 本当に片手で数える程しかない。
アビは飛び上がりそうになる心臓をなんとか抑え、平然とした様子で牧師に向き 直った。
普段通りの穏やかな笑みに、内心ホッとする。氷とは到底思えない。例えるなら ば――太陽。…いや、月。
アビは立ち上がり、牧師に一礼した。



「あぁ、そんなことしないでください。…アビさん」
「いえ…牧師様に敬意を払うのは当然ですから」



牧師の表情に一瞬陰りが浮かんだのに、気付かなかった。
アビは昨日の宰蔵の言葉を振り払うように、牧師から目を逸らす。…直視してし まえば、氷の部位を見付けてしまうかもしれないから。
そんな所はないが。
そっと己の武骨な手に、細く白い指が触れた。目が一瞬にして覚醒するほど、そ れは冷たかった。



「牧師…様…?」
「アビさん。…お話があります」



美しい紫苑が、ジッとアビを見つめていた。
知らず喉が鳴り、アビは己の心臓がドクドクと熱く、強く脈打っているのに気付 いていた。
―――もし、この瞳に抗える者がいるとしたら?
そんな問いが浮かんだが、有り得ないと頭を振った。
いるとしたら、それはよっぽどの聖人君子か。
己には、そんな理性を抑えるための頑丈な鎖は、存在しない。
少なくとも牧師と出会う前は存在していたはずだ。それが生きていく上で、必要なものだからだ。
だが―――この牧師に、そんな常識は通用しなかった。
今まで築き上げてきた常識が、理性が、この牧師の前では一気にひっくり返ってしまったのだから。



「…何でしょうか?」
「お話が、あります」



コツと冷たい床が、牧師の靴を受け、聖堂に響く音を立てる。
それに重なる、革靴の底が磨かれた床をキュっと鳴らす音。
アビは伸ばされた腕にどう答えたらよいのか分からず、まるで幼子のように恐る恐る、殆ど力を込めずその指に触れた。
すると指先から這い上がってくるような冷気が、アビの心臓をその手に掴む。
ぞくりと背筋が冷たくなり、火傷しそうな程熱くなる心臓。
それはまるで、ドライアイスに触れたような火傷で――。



「貴方にしかお話できないんです」



まさかという想いが、心を侵食していく。
だがそれを唯一残った理性の糸で押しとどめ、息を吸う。
そして震える唇を噛み締め、グッと頷いた。


















* * *




















やけに殺風景だった。
一人暮らしには丁度良さそうな大きさの部屋に、申し訳程度に置かれた小さな冷蔵庫と、ソファ。
何かモノを書くためのみに置かれたように思われる、小さな机。
それがこの部屋の全てだった。
教会の奥にひっそりと用意されたそこは、牧師用の仮眠室だった。
牧師は扉の前で立ちすくんでいるアビに困ったように微笑みかけ、手早く紅茶を淹れた。
ゆっくりと湯気を上げるそれを一口含んだアビは、意外そうに目を見開いた。
見た目は、美味しそうだったのに含んでみると想像以上に甘く、渋い。
きっと茶葉の量を間違えたのを砂糖で無理矢理何とかしようとしたのだろう。
アビは牧師の意外な性格を見たように、クスと微笑んだ。



「美味しいですか?」
「え?え、えぇ、とても」



年上で、しかも男の筈なのに―――やけに愛らしい。
恋は盲目、惚れたほうの負けというが、まさにその通りか。
アビは一気に飲み干したティーカップを戻し、促されるまま牧師の隣に腰を下ろした。
途端ふわりと香ったのは、この牧師の匂いか。
鼻腔を擽った香りに、アビは目の前がクラリとするのを感じていた。
















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