the fifth story...
まるで幼い子供が欲する感情だった。
愛らしく、純な恋心。
指切りをして、交わす約束を胸に抱いたように。
アビは心の奥底から熱くなっていく体を、ふるりと震わせた。
牧師はしばらく手の中で玩んでいたティーカップを音も立てずに受け皿に戻すと、アビに向き直る。
真っ直ぐに己を見つめてくる瞳にギクリと背筋を固くし、アビは紫苑を見返した。
「アビさん。…私は、主に背いています」
「………え?」
「禁じられている想いを、持ってしまったのです」
視界の隅に映った白魚の指は、小刻みに震えていた。
その指を包み込みたくて一瞬手を伸ばしても、すぐに躊躇い拳を握る。
発光しているのではと見間違わんばかりの指に触れること、それ自体がまるで罪ではないのかと錯覚してしまう。
この牧師が敬愛し、畏れているのが神ならば。
アビが敬愛し、畏れているのがこの牧師なのだ。
アビは喉奥に絡み付いた空気を飲み込み、ジッと牧師の言葉を待っていた。
何もかもを飲み込んでしまうのではないかと思えるほどの、静寂。響くは、心音。
「…アビさん、私は、貴方を」
「……はい」
「貴方を、愛しています」
静寂。響く、心音。
いっそうそれが強くなったような気がして、アビは己の胸を掻きむしるかのように握った。
膝の上で軽く握られた拳は、カタカタと震えていた。
触れると、それは少ししっとりと汗ばんでいて。
「愛しています」
見開かれた牧師の瞳は、アビには映っていなかった。
理性が切れた、と言ってしまえばそれまで。
柔らかく、温かい唇を貪るように接吻けをし、アビはギュッと牧師を抱き寄せた。
己の腕の中でその痩躯を強張らせ、恐る恐るとでもいうように手をアビの背に回した姿が愛しくて、更に力を込める。
折れてしまうのではないかと勘違いするほど抱き締めた。
「アビさ…」
「禁じられてるのでは、ないのですか?」
「………私は―――…」
音は全て、静寂に吸い込まれる。
一瞬、理解が出来なかった。
誰よりも信仰心が厚く、誰よりも神の使徒であるこの牧師が――神を問うとは。
アビはその問いに、答えることが出来なかった。
そしてこれからもきっと――解答は、出ない。
『神は、いて、いないんだと思います』
その解答を出せるのは、神を視認し、話し、共に存在する――それこそまさに、神。
そしてその問いを、アビは知っていた。
知っていたはずなのに、アビは無意識の内にそれを思い出すことを拒否していたのかもしれない。
もしも思い出していたら?
もしも気付いてしまったら?
その解答は、きっと神でさえも知らない。
今アビの前には、いつも項で結ばれている髪を解き、ソファにちょこんと腰をおろした牧師の姿。
小さな小窓から微かに注ぎ込む月光が細く、長い絹のような髪を照らしている。
幻想的なその姿に、思わず息を飲んだ。
「牧師様。…名前を、教えてください」
牧師の肩が強張り、唇が戦く。
それは何かを躊躇っているような、そんな風にも捉えられた。
一瞬困ったように視線を下げ、小さく、言葉を紡ぐ。
「……ど、…ばつ」
「?」
「……江戸、と申します」
「それは名前では――……」
「今は…今は、まだ…聞かないでください」
そう呟いて、牧師はアビの胸に顔を埋めた。
自然、絹髪がアビの肌に触れ、それを指に絡める。だがすぐに指から逃れてしまい、するりと元の位置に収まってしまった。
釦が外れ、白い首筋が月光に照らされ露になる。アビはその首筋に唇を落とし、きつく吸い上げた。
「っ…」
っぁ、と、小さな悲鳴が溢れる。
そして同時に、アビの理性は完全に壊れた。
* * *
綺麗だと、思う。
アビだっていい大人だ。女性経験が皆無というわけではない。
だがそれでも、アビはこれ以上に、心から美しいと思えた相手はいなかった。
思わず呟き、牧師の白い肌に朱を散らす。
ほんの少しだけ擽ったそうに身を捩ったが、それでも牧師の細い腕はアビの頭を抱き寄せた。
何度も反る背を抱き寄せ、そっとソファに身を横たえさせる。
耳に吹き込むのは、愛の言葉。
下着までずり下ろしてしまえば、牧師は恥ずかしそうに足を擦り合わせた。
だが下着の上から撫で、愛撫を続けていたためか牧師の男根は、既にそれ相応の反応をしているではないか。
男と性交をしたことのないアビでも、どうすれば良いのかくらい分かる。
同じ男なのだから。
「ぁ、あ…ゃ…アビ、さ…!」
「大丈夫。怖くありませんから…力を抜いてください」
緩く芯を持ち始めているそれを握り、ゆっくりと上下に扱きだす。
震える指がアビの肩を掴み、布地を通した爪の微かな痛みが甘美をもたらした。
緩急をつけて扱けば、感じやすいタチなのか牧師は嫌々と首を振った。
白い肌が目に見えて紅く染まり、それに比例するかのように、アビの手に白濁が混じった先走りが溢れてくる。
ソファの布を握りしめ、牧師は潤む瞳でアビを見上げた。
「アビさん…っ、」
「達きそうですか?」
コクコクと頷く様は、本当に切羽詰まっているようで。アビは手の動きを早めた。
ビクと牧師の背がソファから浮いたと同時に、達した。
肩で息をする様は、それだけでアビを感じさせる。
「…っ、アビさん…」
「牧……!?」
まさか、と思った。
せっかくソファに乗せたのに、牧師は自ら降りてアビにしがみついて来たではないか。
それだけではない。あろうことか下着とズボン、二枚の布を力一杯押し上げているそれを撫でたのだ。
アビはとっさに牧師の手を掴もうとしたが、それよりも早くズボンのチャックを下ろされてしまった。
まさか、考え付くのが遅くなる。
怒張しきった男根の先端に接吻けられて、そのまま口に含まれた。
生暖かさに包まれるその感覚は――決して嫌なものではない。むしろ逆だ。
収まりきらなかった根元は細い指が扱き、それと同時に陰嚢を揉まれる。
鈴口に舌を差し入れられてしまえば、それだけで達きそうになった。
「牧師様…!!」
「んっ、んぅ……」
裏筋を舐められ、鈴口を吸われ。
アビは己が限界に近いことを悟り、震える声で訴える。
――離してください、と。
だが嫌々と首を横に振り、牧師は完全にアビを達せさせるために根元から擦り上げ、と同時に鈴口を吸い上げた。
「だっ、駄目だ牧師様、離し――!!ッぅあ!」
「むぐっ……!!」
堪えきれなかった己を、力一杯ぶん殴ってやりたかった。
我慢しきれずに牧師の口腔に精液を吐き出し、しかもあろうことか牧師はきつく
を閉じて、それを燕下する。
唇の端に付着してしまったものでさえも、舌で掬う。
アビはその淫靡な光景を、ただ呆然と見つめていた。
「牧師様、何故…」
「アビさん」
紅い唇が、動く。
「来てください」
牧師の菊座は、驚くほどすんなりとアビの指を飲み込んだ。
羞恥に目尻を紅く染め、震える指で布を握る。溢れる吐息は、微かに甘い。
指を三本、簡単に出し入れできるようになると、アビはそれを引き抜いた。
逃すまいと指に絡み付いてくる肉壁は何とも魅力的だが、これだけで満足するわけにはいかない。
アビは既に天を仰いでいる己の男根を、牧師の菊座にあてがった。
「牧師様、…」
「………早く」
心の底から、自分がキリスト教徒でなくて良かったと思う。
もしも生粋の教徒だったならば、神の使いである牧師と性交を行うことに、躊躇いがあった。
…いや、互いに同性、という所で既に罪悪感はあったのだが。
アビは吸った息を大きく吐いて、一気に挿入を始めた。
同時に腕に走る鋭い痛み。
慌てて牧師を見れば、彼は苦痛に眉根を顰めているではないか。
一瞬どうしたらよいのか分からず、引き抜こうとしたら嫌々と拒否された。
「だが、」
「いいんですっ…」
「牧師様」
「全部、ください……!」
よく、覚えてはいなかった。
ただ獣のように牧師を求めた気がする。
それは映画のフィルムが、途切れ途切れに流れている異様な感覚。
だが確実に分かることは。
俺は、牧師を抱いて。
牧師は、俺に抱かれてはいなかった。
【続】