愛しいお前と嫌いなアイツと
暖かい陽気に誘われて。
たまには戦いとか全部忘れて。
二人仲良く出かけてみようぜ?
【愛しいお前と嫌いなアイツと】
小間物屋の前で唸っていた女の形をした男は、両手に二本の簪を乗せクルリと振り向いた。
困ったように眉を下げ、両手に乗せた簪を交互に見やり、紅が引かれた唇を開いた。
「なぁ…どちらがいいと思う?」
「右のだ」
「左のだ」
違う答えを同時に言った二人は顔を見合わせ、見えない火花を双方の間に散らした。
右と答えた男、名を竜導往壓という。
左と答えた男、名をアビという。
そして簪を手にしている男、名を江戸元閥という。
元閥は二人を見、小首を傾げた。
「何故?」
「いいか、右にあしらわれてる椿の方が合う」
「分かってないな往壓さん。左の桜の方がよっぽど惹き立ててくれるに決まってる」
「ガキは黙ってろ」
「年寄りこそ黙っていてくれ」
―――っ、たく何なんだコイツは!!
往壓は胸中で毒づいた。
遡ること半刻程前。
暇を持て余していた往壓は暖かいぞなどと言い元閥を外に連れ出そうとした。
元閥もなかなか乗り気で、小間物屋に行ってもいいかなどそれはまるで幼子のように応えた。
そして肩を並べ舟に乗ろうとした時に――アビに出会ったのだ。
アビは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべ、俺も付いて行くなどと言い出したのだ。
元閥と二人で出掛けたかった往壓は当然嫌だと言ったが、元閥がいいじゃないかと往壓に言ったのである。
そう言われてしまったら往壓になす術はない。渋々アビが同行することを承諾し、今に至るのだ。
だが出掛けてからずっと二人は啀み合い、火花を散らしていた。
「元閥には椿の鮮やかさの方が合ってるに決まってんだろ!」
「いいや、桜の淡色の方が元閥に合っている!」
「お前ら、これは宰蔵のために選んでるのを忘れているだろう!」
くわと目を見開き二人に怒りを顕にした元閥に、しゅんとうなだれた。
元閥は簪を二本とも持ったまま店の者に声を掛け、懐から財布を出そうとする。――が。
「元閥、俺が出そう」
「アビ?」
スッと音も立てずに元閥の横に並んだアビは左手で元閥を制し、右手で己の財布を出した。
まるでついでと言わんかのように紅を一つ簪の上に乗せ、会計を済ませてしまった。
一つ一つ丁寧に包まれたそれらは、アビの大きな掌に収まっておりやけに小さく見えた。
唖然とする往壓を尻目に元閥に近寄ると、先程『ついで』に会計を済ませた紅を手渡す。
切れ長の双眸を見開きアビをじっと見ていた元閥は、柔らかく微笑みありがとうと言った。
…まぁ、言うまでもないが当然面白くないのは往壓だ。
『江戸元閥』と『二人だけ』で『仲良く』出かけようと目論んでいた計画が一人の男の乱入により思いっきり崩れ去ってしまったのだから。
そうなれば自然湧き上がった怒りはこの『乱入者』に向かう。
何を大人気ないことを、そう言ってしまったら終わり。
四十近く生きて来た男が、まさか二十半ばにもなっていない男に嫉妬の念を抱くとは――!!
「元閥。甘味でも食いに行くか?」
「竜導殿?」
元閥が紅を袂にしまったのを確認し、竜導は満面の笑顔でその手を引いた。
力のまま体勢を崩した元閥に一瞬驚いたが、すぐに抱き留める。後ろでアビがやけに人外な叫び声を上げたが、そんなもの気にしてはいられない。
今の往壓の興味はどうやって元閥を『夢中』にさせるかだ。
だが、往壓は忘れていたのだ。
元閥が大の大飯食らいだということを。
* * *
「んー…!これも美味いっ」
パクリと艶やかな唇を開き、元閥は餡蜜を口に運んだ。
幸せそうな表情を浮かべるその仕草は、見ている者を釘付けにしてしまうほど。かく言う往壓も、年甲斐もなく見とれていたのだが。
普段の妖夷退治の時とは似ても似つかぬ姿に、だらしなく頬を緩めていたのだ。
「…元閥、お前一体どれだけ食う気だ」
「ん?」
愛らしいその姿には合わない、大量の空の器。
それがいくつも重なりあい、元閥の両側を埋め尽くしているのだ。
だが、当の本人はまだまだ行けるとでも言うように次々と注文しているではないか。
これでは往壓の財布が悲鳴を上げてしまう。往壓は助けを求めるかのようにアビを見たが、彼は鼻でせせら笑い――とどめだとでも言うように、元閥に更に勧めた。
* * *
すっかり軽くなってしまった財布を懐にしまい、往壓は溜息を吐いた。
結局大飯食らいの名に恥じぬ食いっぷりを披露した元閥は、少し前でアビと肩を並べ楽しく談笑している。
紅の色が先程のと少しだけ変わっていて、気分が悪い。
これを人は領域――と呼ぶのか。
決して踏み込んではいけない、危険地帯。
まるで今、この瞬間、たった一人で存在しているような感覚。
否定されたような、そんな―――。
「竜導殿」
呼ばれ、前を見れば、そこに陽だまりがいた。
か細く力強い腕を伸ばし、微笑む姿を、愛しく想って。
往壓は優しい手に、そっと触れた。
【終】
―――――。
5000ヒットの火神様からのリク、『アビとユキで元閥の取り合い』です。
…………に、なってねぇ!!(滝汗)
火神様、こんなブツで宜しければお持ち帰りくださいませ;